LOVE MYSTERY

恋に限らず、魔術師はあらゆるトリックを使って見る者を驚かせ感動に包みます。そのトリックの素晴らしさに、自分が騙されていることなど考える暇もないほどに魅了されます。魔術を見ている間、人は酔いしれ、それがトリックであろうと何だろうと、無関係に楽しむことが出来ます。そしてトリックは決して誰にも見破ることが出来ません。それどころか、魔術の後にトリックのネタをばらされたら、その感動は激減し、楽しいショーもだいなしになります。だから、見物客は敢えてトリックを見破ろうとなどはせず、騙されることに酔いしれます。

しかし、魔術師の間ではこんな定説があります。トリックは「バカバカしく単純なものほど見破れない」というものです。巧妙に仕掛けを作った大掛かりな魔術の方が感動は低く、手元で簡単に用意したもので、目の前の単純なトリックの方が感動は大きいのです。

逆に言いましょう。「こんな単純なトリックが見破れないのか?」と思えるような、人をバカにしたトリックほど感動を生むということです。このパラドックスは全てにおいて言えること。豪華なF−1マシンで、グランプリで優勝するよりも、100メートル走で世界新記録を樹立するほうが人を感動させることができます。そして、誠にバカバカしい話ですが、筋肉増強剤や覚せい剤を使うというトリックを使えば、世界新記録はすぐに塗り替えることができてしまうのです。「人をあざけり笑うような失礼で汚いトリックほど、人を感動させることができるし、ばれない」という法則があります。

魔術師の華麗な演技とは対照的に、トリックは単純で人をバカにしています。この真実を見物人は誰もわかっていません。騙される側の人はそんな見たくありませし見る必要もありません。真実を見ないほうがどれほど楽しいか? ただただ、魔術師だけは真実を知り尽くしていて、人を何度もバカにします。

さて、恋愛にも魔術師と見物人という関係が成り立ちます。好きにさせる方が常に魔術師で、好きにさせられる方が見物人です。あなたは今、魔術師なのか見物人なのか?よく考えてみてください。

例えば、あなたに好意を寄せる人がいたとします。この人をさらに惚れさせることなど、いとも簡単なことです。少し気があるそぶりをすればイチコロです。しかし、ここにはある重大なトリック(真実)が隠されています。その真実とは…あなたがその人を好きではないという真実です。好きでないからこそ、気のあるそぶりも簡単にできます。相手のことなどどうでもいいからです。「どうでもいい」「好きでもない」という真実はあなたを恋の魔術師に変えます。この単純な相手をバカにしたトリックのおかげで、相手をさらに惚れさせることが簡単にできてしまうのです。そして、この単純なトリックは相手に絶対にばれません。なぜか?

それは相手があなたのトリックに酔いしれていて、その酔いから醒めたくないから見え見えのおせじや、ドタキャンをしても、「本当は好きではない」という真実が見破られるこがありません。だから、あなたは好きでもない相手に対しては、いつでも恋の魔術師になれるのです。では、なぜあなたは好きでもない相手に恋の魔術を使うのでしょうか? それは相手を都合よく支配できるというメリットが手に入るからです。若い女性がいろんな場面でサービスを過剰に受けるのは、まさに相手を支配できた結果です。ここまでの話。当然だと理解できますね。では次に残酷な真実を述べましょう。

あなたは人間の本性(真実)を知りたいですか? 男が子孫繁栄のために、手当たりしだいどんな女性とでもセックスをしたがる真実を知りたいですか? 女が浮気をして夫以外の子供を妊娠して、現在の夫にその子育てさせようとする本能があることを知りたいですか? 真実は常に汚く、狡猾で、人をバカにしています。その汚い真実を全て知りたいですか? 知って何になりますか? 知らない方が人はどれだけ気分よく生きていけるか? そう思いませんか? 相手のトリックに酔っている方が、気分がいいのです。

ですが、残酷な真実は…酔わされている人は常に観客側で、支配されている側だということです。あなたは操り人形としてこの世を生きているという真実にぶつかるのです。誰かに惚れる、好きという感情が生まれる。この時、誰もが支配されていて操り人形にされているという真実にぶつかるのです。これほど残酷な真実があるでしょうか?

世の中には、自由自在に相手を惚れさせることができる恋の魔術師がいます。小悪魔という代名詞はそこから来ています。小悪魔女・小悪魔男はいつでも相手を支配下に置くことができます。もちろんそこにはトリックがあります。それは相手に惚れていないというトリックです。嘘も平気でつけます。おせじもどんどん出せます。怒っているときも笑顔でいられますし、他にもつきあっている人が何人もいても「おまえだけを愛してる」と言えます。これらのトリックは「好きでない」からできることであり、しかも相手には絶対にばれません。だから基本的に「相手に惚れない人」が恋の魔術師になれるわけで、モテモテの人の多くは「人を本気で好きにならない人」という冷たい真実が見えるのです。この人間の汚い部分を受け入れて利用できて初めて恋の魔術師になれます。

恋の魔術師は接する人間の全てを自分の魅力でひきつけ、相手を上手に支配します。人間としては優秀です。輝いています。しかし、その本質は「人を本気で好きになることができない」というところにあることは誰も気付いていないようです。

知らず知らず、人は支配する側と支配される側に分かれます。支配する側は全体の2〜3割と言われ、多くの人は騙され、支配され、搾取され、損をする側です。そういう人たちは、真実を毛嫌いし、見ようとしません。酔っていたいからです。

しかし、支配する側は真実を認め、真実を知り、そして巧妙に真実を隠すトリックを使います。そして人を酔わせて支配します。生活も豊かになり、地位も魅力も向上します。安全かつ裕福で、他人にいつも好かれます。まるで勝ち組と負け組みです。

人を好きになる=酔わされている、人を好きにさせる=人を酔わせる、この残酷な公式を恋の魔術師は全員が知っています。もちろん、知っている人は全体の2〜3割の人のみです。7〜8割の人はそんなことを一度も考えずに死んでいきます。多分一度も考えません。

ここまで聞いて、ほとんどの人は「私はそこまで汚いことをしてまで、恋の魔術師になりたくない」と思うはずです。騙すより騙される人になるほうがいいと思うでしょう。ならば、もう一度基本に立ち返って、あなたが魔術を見物しているとき、私を騙す卑劣な人だと思いながら見物するかどうか?考えてください。騙されているとわかっていても、感動し、尊敬し、その人に魅力を感じます。決して「この詐欺師!」と思いながら見物しませんね。これ、恋愛の世界でもおなじこと。恋の魔術師は最高におもいやりのある人として映ります。たとえ真実は「人を好きにならない人」であってもです。

逆に言うと、恋の魔術師はそういう人間の汚い部分を何度も見て、触れて、被害にあって、そしてそれらを拒絶せず、涙を流しながら受け入れてきた人なのです。人の汚い部分と正面に向き合った人が魔術師です。恋の魔術師はそれこそ、何千回も傷つき、それを否定せず耐えて受け入れたからこそ出来上がったと言えます。どうですか? あなたも恋の魔術師になりたいですか? なりたいというなら、ようこそ藤田ワールドへ。


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